2007年12月06日
鎌倉幕府めぐり
源氏三代の幕府がおかれた地。
大蔵幕府跡は今は全体が清泉小学校である。
頼朝の墓のすぐそばであるが
立ち止まる人はほとんどいない。

宇都宮辻子幕府跡
宇都宮稲荷神社の前に辻子幕府跡の石碑がたっている。
ここへの標識もなく地図にも載っていないためか
地元の人以外ここを訪れる人は皆無。
政子の死後、北条泰時がこの地に幕府を移した。
この地で泰時は御成敗式目を作り
源氏政権から北条政権への足がかりを築いた。

若宮大路幕府跡
ここも外の道からは道標もなく訪れる人もいない。
人がやっとすれ違えるような小道の脇にひっそりと。
写真もこれ以上引くには人家の中に進入しなければならない。
辻子幕府もいろいろ不幸が重なり
わずか10年ほどでこの地に再度移された。
その後泰時、時頼らの徳政が続き
北条政権は最盛期を迎えるのである。
そして幕府終焉まで幕府はここを移ることはなかった。


東勝寺跡(左)、北条腹切やぐら(右)
北条得宗終焉の地
太平記人気が今でも続いているせいか
わかり易い名前のせいか知らないが
さびしい場所なのに人がいっぱい。
新田義貞軍が若宮大路まで攻め入ったことを知った
北条高時はここで一族郎党とともに
ここで自害し鎌倉時代が150年で幕を閉じた。
ここで自害したその数は800余名とも言われる。
- by ayu2
- at 18:14


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